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2009/01/31

生物と無生物のあいだ by 福岡伸一



福岡伸一先生との衝撃的出会いを作ってくれたこの本。近年では音楽の世界のMISIAとともに一生ついていきたいと思わせる分子生物学者。

本の帯に書かれている「読み始めたら止まらない 極上の科学ミステリー 生命とは何か?」は決して誇張ではない!なんといっても文章がうまくその展開力がすごい!文章のリズム感で次の展開がわくわくどきどきすることで難しい話がいつの間にかわかった気にさせられる。

本書の各章は興味深い分子生物学史というべき内容だが、その前後を卓越なるプロローグとエピローグが挟んでいる。

プロローグは言う。水辺の糸くずと思ったものが魚の稚魚だった。生物と見えて無生物であるもの。その逆のものがいっぱいある。いったいそもそも生物とは何か?20世紀の生命科学が到達したひとつの答えが「それは自己複製を行うシステムである」としている。1953年にDNAの二本のリボンの二重ラセン構造モデルが科学論文に発表された。生命の自己複製システムがそこで天啓のように示されて以来、生命は精巧な分子機械であるかのように遺伝子操作技術が誕生し、分子生物学が発達した。もし生命が精巧な分子機械であるとする単純な考えが正しかったとするならば、あるマウスの遺伝子を人工的に欠落させること(ノックアウトマウスという)で現れる異常を観察することでそれぞれの遺伝子の役割を単純に特定できるはず。しかし実際の生命体はこの考えや期待を超え、欠損を他が補う「動的平衡体」としての本質を持つという。本章の中で海岸の砂浜の砂は常に寄せては去り、入れ替わっているのに海岸の形状の変化は大きな時間の流れの中でしか認識されないように生命体もその細胞を常に入れ替え、全体の動的平衡が維持されていると説明される。

文学的にも質の高いエピローグの文章は、自らの少年時代の回顧エッセー。完成された動的均衡としての生命の原理、その環境との相互作用という神の意志というべき大きな自然の流れの前に人と科学はひざまづき、それを記述するしかなすすべはない、と言う。

本章の中に描かれる当時生きた科学者たちの歴史がそれぞれの人となりやそれらの関わりのエピソードを交えて語られ興味深い。例えば千円札に登場する偉人伝のヒーロー野口英世はロックフェラー大学ではヘビードランカーでプレーボーイで学術成果はいかさまだと酷評されているという話はショックだった。彼が発見したとする狂犬病や黄熱病の病原体につき後世判明したのは実際は細菌ではなくウィルスで、当時の顕微鏡の倍率では微小なウィルスは認識しえないものということであるならば、いかさまとの指摘に反論のすべはないか?
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2009/01/11

ハーメルンの笛吹き男 by 阿部謹也

ヨーロッパ中世史がまるで良質のサスペンスものを読んでいるかのように楽しめる。1284624日に130人の子供達が失踪したのは実際に起きたこと。笛吹き男としての旅芸人の実態、背景の宗教戦争、鼠害に悩まされ、疫病、飢饉により打ちひしがれる庶民の生活、移民と入植活動の必要、市参事会の欺瞞とそれへの政治不信、それらのパーツとしての史実が総合され、検証されていく運びは見事。
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2009/01/03

のぼうの城 by 和田竜



大リストラのほぼ中核にいる天罰か?あまりのストレスに2年間やめたたばこに手を出したせいか?ここ一週間咳が止まらない。

短い正月はおかげでほぼ寝正月となってしまったので娘から借りた「のぼうの城」でも読むことにした。

武家乱立・騒乱の時代の巨星たちの物語はもうずいぶん語られているけど、この本のような地域誌的なドラマの発掘がもっとあっていいと思った。今の埼玉県行田市にあった武州忍城という成田家の居城に対しての石田三成の城攻めの話。背景は豊臣秀吉の天下統一が関東の北条を攻めでなされようとしているときで秀吉寵愛の三成に武勲を立てさせるための多勢に無勢の小城攻めのはずだったが、あにはからんや農民からも親しみをこめて「でくのぼう」呼ばわりされる成田長親の「将器」がそれを跳ね返すというお話。

戦いの敵味方の人物がきちんと描かれているし、「将器」なるものが人心の掌握術だというテーマも単純な設定だけど言いたいことはわかる。話の展開が映画像をイメージできるヴィジュアルなものなのも和田竜という若い作家の感性か?

読後感のよろしい良い小説でした
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