2005/12/20
「ここだけの話」-血液型性格診断
仕事柄、採用の面接をする機会は多く、その割には人をみる目がなく、とりわけ20,30代の若者の不可解たることときたら、言葉の壁が障害となる外国人とのコミュニケーションや男女の間に横たわる溝も如何許りかといえる程のものであるわけだが、だからと言って鉛筆転がして採用を決めるわけにもいかない。人種、性別、年齢、出所、身体的特徴やハンディキャップがあるかなどは採用の際には決して基準に出来ないどころか口にすることすら出来ない。EEO(Equal Employment Opportunity)の精神に反するDiscriminationということだ。したがってこの事は決して言ってはいけない事なのだが、、、だからこそ言いたくてしょうがないわけで、、、他言無用のここだけの話と言うことをお約束いただいたところで、20年の人事経験を賭けてぶっちゃけて申し上げるに、、、 「血液型性格診断は正しい!」 青木功、ジャンボ尾崎、岡本綾子、丸山茂樹、宮里藍等々がゴルフで活躍できたのは自分を信じ切る力がその個人競技で発揮されるB型である以外の理由は見つからない。我がB型の女房が一人よがりであることは言わずもがなである。外資金融にB型が多いのも同じ理由のはずで、その意味で扱いづらい人間集団を構成している。おおらかで大雑把なO型はその海のような受容の心で管理部門に多く、AB型は才能と性格不安定の人たち。我が血液型A型はそのプライドの高さが閉口ものだ。以下に安直にコピーされた歌詞はなんと事をうまく言い当てているのだろう。「ちなみに血液型は?」採用面接の際、この人材は間違いないと思った後、最後のリラックスした瞬間にさりげなく質問する。最後にもう一度、この稿、ここだけの内緒。。。さだまさし 恋愛症候群 恋と呼ばれる一過性の発情症候群に於けるその発病及び傾向と対策について考える年齢 性別 職業 ツベルクリン反応 郵便番号の如何を問わず 凡そ次のとおり開き直らねば何もできず ただ暗く爪をかみ目が点になって ため息ばかりの A型他人のことなど考えられずに 大切な花畑平気で踏み荒らして ヒンシュクをかう B型今日と明日では 自分同志で意見が分かれて熱し易く冷め易い AB型その内なんとかなるんじゃないかと思っている内に自分だけ忘れ去られている O型その他いきなり優しくなったり急に詩人になるケース夜中にいなりずしをどうしても喰べたくなる場合海に向かって ばかやろー と叫ぶなどはよくある事で更に 若いのに髪が薄くなる方もあるなにしろこれらがある特定の人にだけ反応するって事は恋は一種のアレルギーと考えてよい恋におちたら一部の例外を削除すれば およそ男は男らしく女は女っぽくなるものらしい手相 星座 サイコロ タロット 四柱推命その他茶柱まで相性占いなど気になったら もう恋相手には自分の良い所ばかり見せたくなるものであるし相手の欠点には気づいても気づかずにいられるし食べ物 着るもの 見るもの 聴くものすべて好みが合うと思うし毎日が二人の記念日になる処が一年二年とたつうち見えてくるんですよ恋とは 誤解と錯覚との闘いそのうちなんだかお互い知らない人に思えてきて次第に疲れて 会っても無口になる初めは めまい 立ちくらみ食欲不振で気付いた恋がいつか注意力散漫 動悸 肩こり 息ぎれに変わり やがて頭痛 発熱 歯痛 生理痛 すり傷 切り傷しもやけ あかぎれ 陰金 夜泣き かんむし 田虫 水虫出痔 いぼ痔 切れ痔 走り痔えーと えーと... えーとせとらとにかく そんな風に 笑っちまった方が傷つかずに済むってわかってるんだ誰だってそうだろう恋は必ず消えてゆくと 誰もが言うけれどふた通りの消え方があると思うひとつは 心が枯れてゆくこと そしてもうひとつは愛というものに形を変えること相手に求め続けてゆくものが恋 奪うのが恋与え続けてゆくものが愛 変わらぬ愛だから ありったけの思いをあなたに投げ続けられたらそれだけでいいおそらく求め続けてゆくものが恋 奪うのが恋与え続けてゆくものが愛 変わらぬ愛だから ありったけの思いをあなたに投げ続けられたらそれだけでいいあなたに出会えて 心からしあわせです
2005/12/10
プロフィール
9月9日東京生まれ、乙女座、A型、身長175cm、体重69kg、性格温厚だが議論好き。外資系金融会社の人事部を渡り歩き20年。激動の環境下、最近仕事お疲れ目のおやじサラリーマン。どこかの露天風呂でゆっくり、のんびりしたい!お薦めがあったら教えてください。最近のはまり物は勤め帰りの回転寿司で八海山やりながら中とろをほおばること。司馬遼太郎が好き。マリーンスポーツは時間がなく断念。復活練習場ゴルファー。脳みその老化防止にと語学学習と東洋の神秘囲碁少々。12年前に買った本間のゴルフクラブと5年乗っているメルセデスベンツはこのまま一生かけて使いつぶすつもり。車内のCDはオフコースと五輪真弓。
好きな本
ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 一気に読了。ヨーロッパ中世史がまるで良質のサスペンスものを読んでいるかのように楽しめる。1284年6月24日に130人の子供達が失踪したのは実際に起きたこと。笛吹き男としての旅芸人の実態、背景の宗教戦争、鼠害に悩まされ、疫病、飢饉により打ちひしがれる庶民の生活、移民と入植活動の必要、市参事会の欺瞞とそれへの政治不信、それらのパーツとしての史実が総合され、検証されていく運びは見事。
好きな音楽
ALL SINGLES BEST (初回限定盤)(DVD付) 邦楽、洋楽ともに70、80年代のいわゆる「懐メロ」に涙し、最近の歌手の誰が何を歌っているのかもわかりませんでした。ところが、ここに現代の才能を発見して感動しました。日本版サイモン&ガーファンクルというべきか、本当になんともすばらしい!最高!
好きな本
ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 一気に読了。ヨーロッパ中世史がまるで良質のサスペンスものを読んでいるかのように楽しめる。1284年6月24日に130人の子供達が失踪したのは実際に起きたこと。笛吹き男としての旅芸人の実態、背景の宗教戦争、鼠害に悩まされ、疫病、飢饉により打ちひしがれる庶民の生活、移民と入植活動の必要、市参事会の欺瞞とそれへの政治不信、それらのパーツとしての史実が総合され、検証されていく運びは見事。
好きな音楽
ALL SINGLES BEST (初回限定盤)(DVD付) 邦楽、洋楽ともに70、80年代のいわゆる「懐メロ」に涙し、最近の歌手の誰が何を歌っているのかもわかりませんでした。ところが、ここに現代の才能を発見して感動しました。日本版サイモン&ガーファンクルというべきか、本当になんともすばらしい!最高!
まずはフランス文法の入門通読
全体の特徴つかむためにまずは文法書通読。12月末まで。1月入って一ヶ月でCD聞きながらもう一回流す。昔、学生時代に英語の勉強で文法なる科目は大嫌いだったが、今になって第二外国語を学ぶにあたって文法の勉強の意味がわかってきた気がする。若いころはルール先ありきで敷衍してものを考える癖がつけさせられ、ルールに合わない例外の話を聞くと「きっちりルール通りやってくれよ」などと感じフラストレーションを感じたものだったが、そもそも言葉とは人間の生活の手段として生まれ発展してきたものであるわけだから、文法を学ぶ作業はその国の人達の発想や感性を学ぶ事のように感じられてきた。英語が慣用句やクリシェが多いのに比べフランス語は構造がより論理的か?性、数の一致なんかも冠詞、形容詞なんかにもきちんと貫徹させようとする。
なゆたさんのご家庭のようにアメリカでの生活言語の域に達している英語などに比べ、我々の日本人「英語」は「知性的」と言われたりします。これは当然お世辞半分の言い方なんですが、どういうことかと聞くと使う単語が普段日常での会話で使うには固いものを平気で使うということみたいです。日ごろおしゃべりするというより文章で英語に接している時間が多いため結局イディオムやクリッシェなど注入される機会も少なくただ単に生きた日常会話での表現を「知らない」というだけの話で「知性」とは無縁の話なんですけどね。例えばYou have to be responsible for it.などはYou have to answer for it.などと軽くあしらってしまえばいい、みたいなことなんですが私たちはできない。誤解なきよう正確に伝えようと思えば思うほど単語が固くなる。それに生活している場所にいないと出会えない表現で感心したのは、出張でパリへ行ったときにイギリスからきた仲間に教えてもらったのはFine biteという表現。とあるレストランで一緒に食事をした時、ウェイトレスやウェイターが突然途中でオペラを歌い始める。音楽学校の生徒さんみたいな若い人たちなんですが、本格的オペラです。5分くらいの時間客は箸(じゃ無くてフォークとナイフ)止めて聞き入るのですがやがてやんやの大歓声でまた食事に戻る。これが何回も繰り返されるのですが、その時彼が表現したのがこの言葉です。「ちょうどいい分量(Biteはコンピューターの情報単位)のおいしいものを噛み付いた」みたいな感じでしょうか?
Posted by:gene9s at 2005年12月18日(日) 16:32
おっしゃるとおりですね。私は言葉は文化だと思っています。確かに母国語と同じように英語を操るという必要はありますがお国訛り(?)の英語ということは大事ではないかと思うんです。母国の文化を背負っていることも大事ではないかとも思っています。外国語を話すことで知的レベルが急上昇するものでもありません。「アメリカ育ちなら英語がぺらぺらでしょう。いいですね」といわれると「そりゃまぁ・・・。アメリカ人くらいにはできます」と答えます。すると「ほぉすごい!」と驚かれることがほとんどなのです。NY育ちの歌手の英語が余りにハスッパなのにびっくりしたり 、まったくの日本語発音やアクセントであってもすばらしい知性のこもった英語であったりすることになぜ驚かないのかなぁ!とも。
Posted by:なゆた at 2005年12月14日(水) 00:26
英検準1級は十分にすばらしいと思います。文字通りInternationalな環境にいらっしゃるご家庭なのですね?私は海外には出張で頻繁にいく程度で住んだこともなく、その意味で英語は生活言語とは程遠く、意思疎通の手段程度のレベルです。社内にはフランス人以外に20ヶ国ほどの人種の人々が一緒に仕事をしていて、それぞれのお国柄の強烈なアクセントの「英語」なるものが飛び交っています。香港や北京から来ている連中はまるで中国語しゃべっているような速射砲の「英語」だし、インド人もアクセントが強い。いまやそれぞれの癖がわかってきてスムーズに会話できるようになってきましたが、その意味で自分の「英語」が日本語アクセントの「英語」で何が悪いと居直っています。
Posted by:gene9s at 2005年12月12日(月) 00:37
ご訪問ありがとうございます。フランス語2級ですか、お仕事柄必要といってもがんばりにエールを送ります。私は長いこと専業主婦で過ごしてきましたから(といっても言い訳にもなりませんけれど・・・)試験はどうも苦手です。でもオフクロの威厳を保つために数年前に英検準1級を1度だけ受けたことがあるだけなんです。辛うじてパスしましたので それを子供達に見せびらかしてさっとしまいこんでしまいました。子供たちは1級じゃなくちゃ意味ないよ~と言うのですけどね そんなこと知っちゃいませんわ。夫の転勤でアメリカの地方都市に長いこといました。もちろん子供達も一緒に渡米しました。娘と次男は大学もアメリカでしたが長男は本人の希望で帰国子女枠で大学に進学しました。夫も私も渡米前から英語を使う機会が多かったので アメリカに住むようになってもこれというほど不自由は感じていませんでしたが 英語を話すときは内なるスイッチが日英にカチッと切り替わるのを感じます。まして学生用語やスラングは????ですもの。子供達はスル~ッと行ったり来たりしておかしさに対する私達の時差をからかうんです。でも辛うじて私達が子供たちの外国語に対して優れていると思うのは、習慣として使う言葉もあるけれど、きちんと文法を知っているということだと思います。aとtheの違いは話しているときには気が付かなくても 書いたり理解するその差は大きいですもの。フランス語のときは 音を捉える、言うところのディクテに苦労しましたが、文法が本当に大事だということを痛感しました。これがきちんとしているかしていないかで 扱われ方がものすごく違いますもの。そしてフランス人ってアメリカ人ほど母国語に対して寛容ではないですから 人が一生懸命にしゃべっているのに!このぉ~~!!!という思いをしたことも一切ならずありますもの。文法って結構好きだったりします。2級目指してがんばってくださいませ。取り留めのない書き込みで失礼しました。
Posted by:なゆた at 2005年12月11日(日) 02:19
なゆたさんのご家庭のようにアメリカでの生活言語の域に達している英語などに比べ、我々の日本人「英語」は「知性的」と言われたりします。これは当然お世辞半分の言い方なんですが、どういうことかと聞くと使う単語が普段日常での会話で使うには固いものを平気で使うということみたいです。日ごろおしゃべりするというより文章で英語に接している時間が多いため結局イディオムやクリッシェなど注入される機会も少なくただ単に生きた日常会話での表現を「知らない」というだけの話で「知性」とは無縁の話なんですけどね。例えばYou have to be responsible for it.などはYou have to answer for it.などと軽くあしらってしまえばいい、みたいなことなんですが私たちはできない。誤解なきよう正確に伝えようと思えば思うほど単語が固くなる。それに生活している場所にいないと出会えない表現で感心したのは、出張でパリへ行ったときにイギリスからきた仲間に教えてもらったのはFine biteという表現。とあるレストランで一緒に食事をした時、ウェイトレスやウェイターが突然途中でオペラを歌い始める。音楽学校の生徒さんみたいな若い人たちなんですが、本格的オペラです。5分くらいの時間客は箸(じゃ無くてフォークとナイフ)止めて聞き入るのですがやがてやんやの大歓声でまた食事に戻る。これが何回も繰り返されるのですが、その時彼が表現したのがこの言葉です。「ちょうどいい分量(Biteはコンピューターの情報単位)のおいしいものを噛み付いた」みたいな感じでしょうか?
Posted by:gene9s at 2005年12月18日(日) 16:32
おっしゃるとおりですね。私は言葉は文化だと思っています。確かに母国語と同じように英語を操るという必要はありますがお国訛り(?)の英語ということは大事ではないかと思うんです。母国の文化を背負っていることも大事ではないかとも思っています。外国語を話すことで知的レベルが急上昇するものでもありません。「アメリカ育ちなら英語がぺらぺらでしょう。いいですね」といわれると「そりゃまぁ・・・。アメリカ人くらいにはできます」と答えます。すると「ほぉすごい!」と驚かれることがほとんどなのです。NY育ちの歌手の英語が余りにハスッパなのにびっくりしたり 、まったくの日本語発音やアクセントであってもすばらしい知性のこもった英語であったりすることになぜ驚かないのかなぁ!とも。
Posted by:なゆた at 2005年12月14日(水) 00:26
英検準1級は十分にすばらしいと思います。文字通りInternationalな環境にいらっしゃるご家庭なのですね?私は海外には出張で頻繁にいく程度で住んだこともなく、その意味で英語は生活言語とは程遠く、意思疎通の手段程度のレベルです。社内にはフランス人以外に20ヶ国ほどの人種の人々が一緒に仕事をしていて、それぞれのお国柄の強烈なアクセントの「英語」なるものが飛び交っています。香港や北京から来ている連中はまるで中国語しゃべっているような速射砲の「英語」だし、インド人もアクセントが強い。いまやそれぞれの癖がわかってきてスムーズに会話できるようになってきましたが、その意味で自分の「英語」が日本語アクセントの「英語」で何が悪いと居直っています。
Posted by:gene9s at 2005年12月12日(月) 00:37
ご訪問ありがとうございます。フランス語2級ですか、お仕事柄必要といってもがんばりにエールを送ります。私は長いこと専業主婦で過ごしてきましたから(といっても言い訳にもなりませんけれど・・・)試験はどうも苦手です。でもオフクロの威厳を保つために数年前に英検準1級を1度だけ受けたことがあるだけなんです。辛うじてパスしましたので それを子供達に見せびらかしてさっとしまいこんでしまいました。子供たちは1級じゃなくちゃ意味ないよ~と言うのですけどね そんなこと知っちゃいませんわ。夫の転勤でアメリカの地方都市に長いこといました。もちろん子供達も一緒に渡米しました。娘と次男は大学もアメリカでしたが長男は本人の希望で帰国子女枠で大学に進学しました。夫も私も渡米前から英語を使う機会が多かったので アメリカに住むようになってもこれというほど不自由は感じていませんでしたが 英語を話すときは内なるスイッチが日英にカチッと切り替わるのを感じます。まして学生用語やスラングは????ですもの。子供達はスル~ッと行ったり来たりしておかしさに対する私達の時差をからかうんです。でも辛うじて私達が子供たちの外国語に対して優れていると思うのは、習慣として使う言葉もあるけれど、きちんと文法を知っているということだと思います。aとtheの違いは話しているときには気が付かなくても 書いたり理解するその差は大きいですもの。フランス語のときは 音を捉える、言うところのディクテに苦労しましたが、文法が本当に大事だということを痛感しました。これがきちんとしているかしていないかで 扱われ方がものすごく違いますもの。そしてフランス人ってアメリカ人ほど母国語に対して寛容ではないですから 人が一生懸命にしゃべっているのに!このぉ~~!!!という思いをしたことも一切ならずありますもの。文法って結構好きだったりします。2級目指してがんばってくださいませ。取り留めのない書き込みで失礼しました。
Posted by:なゆた at 2005年12月11日(日) 02:19
「今日から始めます」
会社の仕事でうんざりするほどのメールの洪水と格闘しているという意味ではPCに接している時間は長いものの、反動で自宅にいるときはPCの顔も見たくないということになる。 根っからの新しもの好きでホームページを作ったりしてみたこともあったが何か形ができたところで時間もない、仕事に疲れているとかを口実に根が続かずすぐに辞めてしまう。こんな訳でPC劣等性としてはBlogは簡単だとの甘言に乗せられて始めてみようとはしたものの「面倒くさけりゃすぐ辞めりゃあいい!」と、常に逃げ口上を用意しながら半身の姿勢ではこの先あてにならない。今話題のlivedoor Blogが良さそうだということで始めてみたものの案の定Blogの設定なるものの段階からつまづく事となっては危うく第一稿投稿をすることもなく沈没というPC劣等生のもうひとつの汚点を歴史に刻むところだった。そもそも設定の画面で使われてている言葉の意味がわからない。適当にやってみても曲りなりにも何かが出来上がるのが素人受けする設定だがこのlivedoor Blogは設定の自由度が与えられていてある程度のPC熟練者(玄人とまでいかなくても?)にとっては他社が提供するものに比べ評価も高いのかもしれない。でもテーマを決め投稿してみるとプラグインが消えてしまったりサイドバーが下の方に落ちてしまう。豊富にあるとするテーマの画像の選択肢のどれもことごとく同じようなことが起きれば途方にくれてしまう。かくしてこの救いの神STAGEにめぐりあうこととなり第一稿を投稿し、本日これから何時まで継続できるかわからない週末ライターのBlogライフのスタートのはこびとなった。50歳未満お断りとは何と心地よく響く言葉だろう!
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