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2006/01/29

Paris出張-4


メルキュールホテルにはラ・デファンスの駅から歩いて15分ほどで着いた。一口に徒歩15分といっても簡単ではなかった。早朝、未だ暗い中、しかもそもそも駅からどうやって行こうにも、不親切な本店のスタッフから地図をもらっているわけでもなく、どっちの方向に向かっていくかすらもわからない。途方にくれて、とうとう「それじゃあ、タクシーでビューンと飛ばしていきゃあいいじゃん!」との誘惑がまたまた頭をもたげたわけだが、どっちにしても予定は招待されたディナーに参加するため夕方6時に本社ビル横に集合すればいいわけだから、まだ時間は十分過ぎるくらいある。歩きを決め込んだところで駅のキオスクみたいなところに新聞運んでいるおにいちゃんにつたないフランス語で道を聞いてみる。ベトナムとか中国とか観光で行く時は現地語わかるわけもなく、旅行会社のパッケージツアーに参加するに越したことはないとはいえ、ニューヨークやロンドンなどに仕事で行く際は地下鉄だろうが、バスだろうがタクシーだろうが問題を感じたことはないが、相手がフランスだと庶民のレベルでは英語は一言たりとも通じない。我がフランス語は何とか通じているようでも肝心のメルキュールホテルがわからないので地図みせるから着いて来いとのこと。簡単とはいえ、その間のコミュニケーションをフランス語で行っている自分にちょっとだけ感動した。仕事では4つ星、五つ星に慣れてる身にとっては3つ星程度のホテルに泊めやがって!だから聞いてもわかんないんだろう!などと逆怨みしながらもホテル到着。早朝のチェックインを詫びながら部屋に入り、まず一ッ風呂。シンガポールから来ているはずの気の置けない同僚WM Weeを呼び出して夕方6時までの時間「市内観光見物」を決め込んだ。

2006/01/22

ず~っと隠していたことそろそろ告白します。。。幼稚園/小学校編

> 幼稚園梅組の時の小室先生、好きでした。ブランコで落ちてひじをすりむいて血が出た時、いきなり消毒!とか言って口に含んでなめてくれた。あなたのあの時の唇の温かさが今でも忘れられません。> 幼稚園の時、泣き虫だった自分をいつも助けてくれた成田くん。かけっこが速くてかっこよかった。ありがとうってお礼言いたかったのに、なんか恥ずかしくてとうとう卒園まで言えなかったこと後悔してます。
> 小学校1年生の最初にとなりの席に座ったN。Atsukoちゃん、色黒で、髪の毛がちょっとカールした天然パーマでかわいかった。話し掛けてくれるのにいつも返事しなくてごめん。本当は楽しく話したかったんだけど、そんなことしたら男の子の友達に笑われてしまう。
> 小学校1年から3年までの担任の佐藤先生。ちょっとO脚、ガ二股だったけど、その色白美人のひたむきな印象が忘れられません。幼稚園の小室先生と離れ離れになって悲しかったのに、やさしい先生で良かった。言えなかったけど好きでした。
> でも、いつも優等生って扱ってくれてたのに、算数の問題を勘違いして前の黒板で間違えて答えてしまった時、なぜあの生意気なK子をあて、見事にこたえさせるチャンスを与えたのですか?それから3日は立ち直れなかった。でも学校では言えなかった。
> 何で学校のトイレでうんこする奴のことみんなでからかうんだ?お前らみんなうんこしないの?でもからかわれたら嫌だから、しょうがないので校庭の裏のコークス置き場の脇で、した。その後誰が、いつ処理したかわからない。卒業までそこの場所に行かなかった。
> 小学生の高学年で、もうおっぱいが大きくなってきたみたい。T Junkoちゃん、きみのこと見てるとなんか胸が詰まってきた。これってきっと「恋」です。だってずうっと考えてしまいます。でも、男の子の友達の手前、絶対言えない。からかわれるの見えてる。勉強も出来て、胸はって、りんとしたあなたの姿は今でも思い出します。
=>中学校/高校編に続く。。。

2006/01/21

Paris出張-3


メトロの階段を降りてチケット買い、ホームへ。酔いが覚めかけた身に寒さがしみる。重い荷物を持っての移動が辛い。やっぱタクシー使ってビューンと来るのが正解だったのだろう。ラ・デファンス・グランダルシュの駅は地下鉄1号線の西の終点、東西に走るセーヌ川がパリの西部でぐるっと迂回して南北になりそれを横断した向こう側にある。建築物の外観や高さの制限のあるParis市内と違い、New YorkやToronto並みの高層ビルが立ち並び、風景が一変した。今、手元の地図で見てみるとParisは北緯49度あたりに位置する。日本の稚内よりももっと北にあるため、もう朝7時を回るというのに外はまだ暗い。ほんの数分前に地下鉄の乗車駅Etoileで見た重厚な歴史的建造物たる凱旋門と降車駅の目の前にあるコンクリート作りの新凱旋門とのコントラストが面白い。

2006/01/16

Paris出張-2


Parisのシャルル・ドゴール空港に着いたのは早朝4:30amを回った頃。10月の最後の週だったけど、その頃はサマータイムは終わっていたんだっけ?だとすると東京とは時差8時間、正午を回った頃。エアーフランスの機内のビデオのプログラムの貧弱さに憤りを感じ(ビジネスクラスだぞ~!)、仕返しに(笑)たんまりボルドーのワインをお代わりしたもんで、頭は二日酔い(?)でガンガンしてる。。。。というかまだほとんど酔ってる!さて、これからパリ市内に入り、西の端のラ・デファンスのホテルまで行くわけだが、前回はオペラの近くのホテルだったのでロワシー・バスで7,8ユーロくらいで行けた筈だし、今回はどうしよう?いつものことで行き当たりばったりで何の下調べもしてないけど、いざとなればタクシー飛ばしていけばいいわけだし。。。などともうろうとした頭で考える。しかし待てよ!!!!!手元には現地通貨、すなわちユーロが一銭(?)もない!成田出発の時買い物して店に置き忘れ、出発のゲートまで持ってきてもらったりのドタバタで飛行機に滑り込む失態をした為、両替する時間がなかったこともあったけど、レートがいいという理由で、いつも両替は現地へ着いてからにしているが、両替所が6時近くまで開かない!どうする?どうしたらいいの?なんだか訳わからなくなったところで、開いてた案内所のお姉ちゃんにクレディットカードのキャッシングマシーンの場所教えてもらう。ヨーロッパ旅行ではこれがちゃんと助けてくれる。VISAカードでキャッシングし、いざタクシー乗り場へ!でもタクシー乗っていくと着くのが早すぎなんじゃないの?せっかくだから時間もあることだし「ちょっと苦労して」行ってもいいかな?と、言うことでエールフランス・エアーポートバスの5:45の始発待って、凱旋門のあるシャルル・ド・ゴール・エトワールへ。バス代10ユーロくらいだっけ?タクシー使えば50ユーロくらいで快適に目的地のホテルまで行けるのに!でもなんだか今回はその安直なやり方が嫌だった。早朝の凱旋門見ながらメトロの入り口に入っていく。時間はもうすでに6:30amを回っていた。

2006/01/15

こだわりの血液型性格診断-国際比較

能見俊賢氏の日本の血液型性格診断の草分け、ブームの火付け役とかだそうだが、氏のホームページABO World(http://www.abo-world.co.jp/index2.html)は血液型性格診断に付きそれはあくまで統計を根拠にした科学的プローチだとしているが、そのかぎりでは共感できそう。その背景に何がわかるのかはわからないけど世界の各国の血液型比率の資料はなかなかおもしろい。氏によると。。。欧米の白人を中心にした文明国のほとんどは、O型とA型で90%前後を占めているんです。森林と山岳地帯の多いヨーロッパで生きぬく遺伝子として、A型物質が発生し人類の基本形としてのO型と混血した結果でしょうか。それに比べて、東洋文明圏と言われる幅広い地域、中央アジア、東南アジア、イスラムの西アジア、アラブ、そしてインドなどの国々になるとB型比率がグンと高くなります。草原や砂漠、だだっ広い荒野で集団を維持していく性能が、情報収集力や機動性に富んだ柔軟思考のB型物質を生んだのかも知れませんね。 O型とA型の組み合わせが発展させた西洋文明と、O型とB型中心に発展した東洋文明は、それぞれの感性を磨きながら、独特の思想や習慣で文化を創ってきたんです。東西文明の交流が、より多彩な文化を生んできた反面、不可解で相入れない争いごとをくり返してきた歴史でもあります。東西の民族的な混血は、まだまだ部分的ですから、OAグループとOBグループの結びつきで生まれるAB型は、世界的に少数で、日本や韓国みたいに10%前後もいるのは珍しいくらいです。こんな国は、当然ながら4つの血液型がまんべんなく関わり合う社会だから、人間性の総合的な理解と調整を考える上で、またと無い“実験場”と言えるかも知れません。

世界の血液型分布     国名  O(%) A(%) B(%) AB(%)
北アメリカ カナダ 41 45 10 4アメリカ合衆国 45 41 10 4メキシコ 84 11 4 1グァテマラ 95 3 2 0エルサルバトル 60 26 11 3ニカラグア 92 7 1 0コスタリカ 53 31 13 3キューバ 49 36 12 3ジャマイカ 56 20 21 3ドミニカ共和国 53 31 13 3ハイチ 51 27 18 4プエルトリコ 47 30 13 10南アメリカ コロンンビア 62 27 9 2エクアドル 63 29 6 2ペルー 71 19 9 1チリ 56 31 10 3ボリビア 93 5 2 0ブェネズエラ 44 37 14 5ブラジル 48 39 10 3アルゼンチン 48 39 10 3パラグアイ 56 34 9 1ウルグアイ 45 42 10 3オセアニア オーストラリア 47 40 10 3ニュージーランド 48 40 9 3アイスランド 56 32 10 2ヨーロッパ アイルランド 54 33 10 3イギリス 47 41 9 3(スコットランド) 51 35 11 3(イングランド) 46 43 8 3ノルウェー 39 49 8 4スウェーデン 38 47 10 5フィンランド 33 42 18 7デンマーク 42 44 10 4オランダ 45 43 9 3ベルギー 46 43 8 3フランス 43 45 9 3スペイン 42 45 9 4ポルトガル 41 48 8 3ドイツ 38 43 13 6オーストリア 39 44 13 4スイス 42 47 8 3イタリア 45 40 11 4(北イタリア) 42 43 11 4(南イタリア) 46 35 15 4チェコスロバキア 33 41 18 8ハンガリー 30 43 19 8*ジプシー 30 25 36 9ポーランド 35 38 19 8ユーゴスラビア 37 42 14 7ルーマニア 34 45 17 7ブルガリア 32 44 16 8アルバニア 42 36 17 5ギリシア 43 39 13 5NIS諸国 ロシア連邦 (中央) 32 28 31 9(シベリア) 39 25 29 7(ロシア) 34 35 23 8(コーカサス) 44 32 20 4グルジア 50 36 11 4アルメニア 29 50 13 8ア ジ ア キプロス 35 46 13 6トルコ 33 45 15 7イラン (西北) 36 33 24 7(東南) 42 26 25 7(中東) 31 25 34 10イラク 35 31 26 8クウェート 47 24 24 5レバノン 36 47 12 5イスラエル 36 41 17 6パキスタン 31 25 34 10アフガニスタン 29 25 36 10インド (西北) 29 21 41 9(東北) 32 25 36 7(中南) 37 22 34 7スリランカ 47 22 26 5ミャンマー 35 25 32 8タイ 39 22 33 6マレーシア 38 25 29 8フィリピン 45 26 24 5ベトナム 42 22 31 5カンボジア 39 23 35 3中華人民共和国 (華南) 44 27 23 6(華北) 33 30 29 8(華中) 35 32 26 7(香港) 44 24 26 6(マカオ) 40 25 28 7(チベット) 30 37 24 9台湾 44 27 23 6ネパール 30 37 24 9モンゴル 37 22 34 7大韓民国 27 32 30 11日本 31 38 22 9インドネシア (スマトラ) 41 23 30 6(ジャワ) 37 26 29 8ア フ リ カ エジプト 34 34 24 8リビア 40 36 19 5チュニジア 46 31 18 5アルジェリア 44 39 13 4モロッコ 37 34 23 6エチオピア 47 28 21 4ソマリア 58 26 13 3チャド 45 27 26 2セネガル 50 25 21 4リベリア 46 25 24 5ガーナ 49 22 25 4ナイジェリア 52 カメルーン 54 22 21 3コンゴ民主共和国 49 27 20 4ギニア 64 17 17 2アンゴラ 49 25 22 4ウガンダ 49 23 23 5モザンピーク 57 23 17 3マダカスタル 43 23 28 6南アフリカ共和国 45 35 16 4ケニア 49 26 22 3ザンビア 45 25 27 3

自分が注目したのはインド、パキスタン、アフガニスタンのB型が多いこと。大雑把に言って欧米、アフリカが圧倒的にO型が多いのにそれ以東はO,A,Bがほぼ均等に分布しているように見える。フィリピンは19世紀末のスペインの進出があったから欧米型でO型が多いのか。。。イヴ・コバンというフランスの古人類学・先史学の先生が「前人類が誕生して、直立二足歩行を始めたのは、アフリカ大地溝帯の東側の気候が乾燥し森林が草原に変わったせいだ」という仮説を出している。要するにアフリカの東側で造山運動により東と西に森林が分けられ東側がサバンナになってしまったので木の上にいたサルが歩き始めた。。。みたいな説のようだが、そこが全てのルーツでその後人類は世界へ広がり、北へ向かう連中、東へ向かう連中がいたのだとすると、インド、パキスタン、アフガニスタンで獲得したB型が東のアジアに広がったみたいな流れだったんじゃないのだろうか?興味深い統計だけど、結局何もわからない。。。

2006/01/11

ピアノを楽しむ-まずは「決意表明」

ピアノは人に聞かせるものじゃなく自己陶酔出来ればいい!とて10年ほど前にほぼ4年ほどの間、気が狂ったように入れ込んだことがあった。中年の根気を維持するためには、伝統的、本格的テキストはとっつき難く、当時はやった「大人のピアノ」なるコンセプトのテキストや曲集買いあさって夜、家に帰ると食事もそこそこに、土日は朝から晩までピアノの前に、家族の非難を尻目に座り続け、ついに椎間板ヘルニアで入院することになってしまった。会社でも座って一日PCに向かい、家でも座り続けでは腰を痛めない訳が無く、「自業自得!」とかの女房の言葉に反発しつつも、ちょっと無茶しすぎたかなと反省。ようやく最近は少しはゴルフも出来るようになり、今度はまたピアノを少し始めてみようかなと思い始めた。「大人のピアノ」のテキストによるとBeyerを卒業したことになっているが、また一からの総復習から始めよう!中年から始めた者にとっては最も困難な課題は第4指と第5指の強化だが、考えてみるとHanonの勉強って老化防止には理想的なんじゃないだろうか?ここで出来るMaxの期間10年を設定したけどTargetは何かと言われてもはっきりしない。死ぬまでがこの「夢ブログ」の期間です。

2006/01/09

Paris出張-1


稚拙な英語のせいなのか内容があまりにもくだらないからなのか、英語で書き続けてきたBlogでしたが、ほとんど誰からの反応もないことのむなしさを痛感し、方針転換で日本語で行くことに。。。でもせっかくだからたまに英語で書いてみたらInternationalなリアクションが期待できるかも。。。ということで何の根拠も基準も無く、気分次第で日本語だったり英語だったりで更新します。近い将来フランス語でもいくかも。。。もし読んでくれて何かコメントいただけるときも仁義無く何語でいただいてもかまいません。
。。。ということで久しぶりの更新ですが、相変わらず箸にも棒にも掛からないくだらないテーマで先日10月の最後に行った一年ぶりのParis本社出張を何度かに分けてご報告させていただきます。写真は成田出発の後AirFranceの飛行機上の人となり見た窓の雲。Serveされたワインでほろ酔いになってはまさに天国とはこのことかという感慨でした。