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2010/08/30

塩原温泉湯元



塩原温泉元湯、歓楽街どころかお店もない殺風景!

2010/08/26

故郷再発見 手賀沼に遊ぶ白鳥たち



っていうか、8月の真夏のピーカンの日に見るとフラミンゴの白バージョンだ!

故郷再発見 武者小路実篤屋敷跡



手賀沼を望む高台、緑陰にある豪奢な邸宅。嘉納治五郎、バーナード・リーチなど白樺派の文化人たちが手賀沼を拠点にした。東京の中心からはるか離れた別荘地だったところが今や普通に通勤圏内 (><)

故郷再発見 手賀沼に浮かぶヨットと水の博物館



非営利団体手賀沼ヨット部にかつて所属していたが、定年後のかつての有能サラリーマンの方々は、優雅なヨット遊びそのものよりも会議会議でサラリーマン生活が抜け切らないようにお見受けした。

2010/08/21

山口 湯田温泉















石見銀山訪問は今回の旅のハイライトだったわけだからある程度時間を費やす予定ではいたが、山口県へ移動し一泊する旅程はちょっと無理があった。しかも日本旅行の窓口のおねえちゃんと山陰往復のお得プランをベースにああじゃこうじゃと議論して付け足してアレンジしてもらったおかげで最後の制約で松江まで戻らなければならない。短い時間で萩や津和野も行こうなどとは実現不可能な考えだった。以前から一度は行ってみたいと思っていた秋吉台、秋芳洞だけは行かねばならない。萩、津和野はぜひNHKの龍馬伝が終わった来年以降に再度訪問することにして、まずは一目散に今夜の宿、湯田温泉ホテルニュータナカへ。

3時間のドライブの後、7時30分に到着。今までとは打って変わってシティーホテル風。オートロックでバスタブもユニットバスではなく良いホテルだ。ただ温泉としては屋上に展望の湯があるだけで、もっと本格的な湯を楽しみたい場合は近くの別の温泉宿にタダで入れる。

道々面白かったのは車のラジオがAMもFMも受信状態が悪くなって聞こえないのに、ダイヤルを回すとやけにはっきりと韓国語の放送が聞こえる。NHKの広島放送局や福岡放送局の電波が届かないのにおそらく釜山辺りの放送局の電波が遮るもののない海を渡ってくる。山陰はやはり色濃く半島からの影響を受けた場所なんだと感じた。

明日8月22日は日韓併合条約がかわされ100年の日とか。新聞では改めてかつて昭和天皇が桓武天皇の妻が百済王の末裔であり、日本の天皇家は韓国にゆかりがあると発言したと報道していた。金達寿に云わせるとゆかりどころではなく、朝鮮半島で長い歴史の中で繰り返される動乱の中で何波にもわたり半島からの移民、時には戦火をのがれたポートピープルが日本列島にやってきた。全国津々浦々に入植者たちゆかりの地名があるとか。多摩とか狛江とか熊とか越とかは高麗、高句麗人、新羅人もある時期多くの人々が日本に移りすんでいるとか。

古事記や日本書紀、神話に描かれた邪馬台国や天皇の起源は意図的なプロパガンダーも含まれているという説もあるが、最近の考古学的発見はどうも卑弥呼の邪馬台国は三輪山周辺のマキムク辺りだった感じになってきた。卑弥呼=天照大神説も有力で伊勢に祭られ、弟のスサノオの子供としての大国主は出雲で国引きをやり、全国の神を統括し、国譲りをした。天武、天智、持統の天皇体制で国家体制、都の整備が進んだが、この時期の人々は朝鮮半島の人たちと同じ言葉をしゃべっていたらしい。ナラ(奈良)が朝鮮古語で国を意味し、オナラで我が麗しい祖国といった意味だったという説を以前呼んだことがある。

聖徳太子がいの一番に強調した事が「和をもって尊しとす」だったという事、また大きな和と書いてヤマトと読ませることの意味はひょっとして、半島時代のいがみ合いや争いはこの新天地の日本では忘れてともに協力して新しい国家の建設に取り組もうというプロパガンダだったのではないか?

派閥争いに明け暮れ、首相がすぐに足を引っ張られ交代する我が国の国民性はひょっとするとずうっと一貫していて、そのためにいざ一大事のときには国民統合の精神的主柱としての中心軸が求められるときがくる。日本は万世一系の天皇が統治した国ではなく、その存在した歴史の圧倒的な時間は「象徴」としての存在でしかなかった。まさにNHKの龍馬伝や年末に第二部の始まる坂の上の雲、篤姫の時代に西欧列強に急速に伍するための富国強兵の国家体制は現人神としての尊王体制をてこに行われるべきとする国家戦略がたてられた。

水戸徳川が水戸学として尊王思想のメッカだったということの意味は勉強不足でよくわからない。大政奉還の際、勝海舟と西郷隆盛は江戸城の無血開城を合意した。最後の将軍徳川慶喜は以降静岡県に自らを幽閉し、武力のみならず政治闘争でも天皇体制に抵抗する事はなかった。家康から始まり、名君慶喜に終わった徳川時代は知性と理性に富んでいた時代のように感じる。

万世一系の天皇というフィクションは明治とともに作られ、神話の初代天皇神武が作られた。神武を祭る神社は明治時代以前は一切なかった。最近読んだ本で、元大蔵官僚のミスター円こと榊原英資は近代文明への開花としての明治は良かったが天皇中心の国粋主義で太平洋戦争に突入した昭和は悪い時代だったとする司馬遼太郎の説を批判し、昭和の天皇軍国主義は明治により準備されたと喝破していた。民主党政権に交代してからの今の政治の停滞が絶対的権力と大政翼賛会的な状況の待望論を促すような状況となりはしないかという危惧を感じる。

車の中で韓国語の放送を聞きながら、今回の山陰の旅計画のいきさつを思い浮かべながら、そんな事をつらつら考えた。

2010/08/20

石見銀山-5















代官所跡とか診療所などの昔の建物が今でも使われているが、劣化の激しい場合は内装を変える事はできてもパリの町並み保存条例と同じで表面の景観を乱してはいけない。自動販売機もこのような装い。古い建物を改造したこじゃれたカフェやお土産物屋があり若者が活躍しているようだが、そういった観光名所化が俗化の非難を浴びるのを避けたいのか、保存にかかる努力は保存地区へのアクセスをかなり厳しく制限しようとする。かつてどっと押し寄せた人が汐が引くように少なくなっているとか。観光開発と保存の間でまだ方向が定まりきっていないような印象を受けた。世界遺産としてのこの地域の全体への体感を伴うアクセスがないので感動と説得力がない。見せ方などにもっと工夫が欲しい。

石見銀山-4















旅は先を急ぐ必要があったので町並み地区は写真の様な若い日に焼けたお兄ちゃんの自転車の後ろに乗って一回り。この地区出身だが数年間上海にいて最近帰ってきた青年。日本の若者もまだ元気のあるやつがおる。

石見銀山-3















冷房のガンガン効いた建物に入ったかのごとく、坑道の中はとても寒い。石見銀山が何故世界遺産に指定されたかに付いてのガイドのおじさんの説明は、まず銀の埋蔵量、生産量で一時期世界の3分の1を石見銀山が占めていた時期があったこと、にも関わらずあくまでタガネと金槌を持った人の手により採掘が行われた今で云う自然にやさしいエコな方法がアピールしたとか...巨大迷路のような広大な空間を人の手のみにより、絶え間ない出水やろくな照明器具のない暗黒という困難を乗り越えて気の遠くなる膨大な人力と時間が費やされ掘り進められた。一時大阪にも匹敵する人口を抱えたとか、他方坑道内の粉塵などにより肺がやられ住民の多くが若死にした。17世紀になって徳川家康がそれまで権益を握っていた毛利元就からそれを奪い江戸幕府の直轄地にした。毛利は長州に追いやられ、その積年の恨みはニ百数十年後に薩長連合による官軍により徳川幕府が滅亡する歴史につながる。
豊臣秀吉の朝鮮出兵は侵略として、いまだに韓国人から昨日の事のように非難されるが(この感情論はどうかと思うが...)、徳川は開幕後ニ百数十年間朝鮮融和策をとった。その間、朝鮮通信使もたびたび日本を友好的に訪れているし、日朝友好の歴史は案外長い。銀の生産量を飛躍的に高めた精錬技術、灰吹法は江戸時代初期技術力の進んでいた朝鮮半島から学んだものとか...近年日本の技術力が高くて韓国に技術指導したなどと現代やサムソンの勃興に歯がみする論調があるが、元々は朝鮮半島が技術先進国だった。

石見銀山-2















本来、人気集中でかなり前に予約しないと参加できないが、このたびはラッキーにもまだ空きがあるので...と云われて石見銀山最大の坑道跡の大久保間歩、金生坑の一般公開ツアーに参加した。ツアーガイドのおじさんも云っていたが、かつて世界遺産に指定され多くの人が殺到したが, 時が去り、今やどのように集客し管理するかを考えなければならなくなってきたとか...2時間で3,800円のツアー参加費も安いとは云えない。長靴に履き替え、ヘルメットつけて大久保間歩入り口から入坑。外気温30数度のうだるような暑さの中、入り口は地下からの10数度の冷気が吹き出していた。

石見銀山-1















宍道湖の南、山陰自動車道を西へ、出雲に戻り、そこから国道9号線を日本海沿いに更に西進すること2時間、石見銀山世界遺産センターに到着。利用促進のキャンペーンで島根県内の高速道路、山陰自動車道、松江自動車道は利用料タダ!お暑い中、高速出口ではスタッフの方がちゃんとブースにいて、わざわざご丁寧に高速カードを両手で受け取っていただいた上、「タダでございます」と心地よい響きのメッセージを伝えてくれる。島根県って、なんて心の広い良い県なんでしょう!

皆美さん、すばらしいサービスありがとう!















年配のスタッフの肩の力が抜けながらも熟練したサービス。屋上の展望風呂、こじゃれた作りの足湯が中央の吹き抜けにあり、殿方の大浴場、露天風呂も奇をてらわないシックなたたずまい。夕食の会場も趣向に富み、食事もおいしく、なかなか満足度の高い、良い旅館でした。
しかし、今日もあぢ〜!何なんだこの暑さは!でもクーラーの効いたレンタカーでの旅は少なくとも大正解でした。

2010/08/19

今日のお宿 出雲 玉造温泉 皆美 へ















連日のうだる暑さ1今日もかなりの暑さ疲れ!早いとこ風呂入って冷たいビールじゃあ!

出雲大社-3

そうして知らされたのは(というか事前の情報収集能力の欠如(><))「平成の大遷宮」とかで本殿工事中。檜皮の屋根と壁を60年振りに改修しているとか!トホホ、残念!でも再度の訪問の口実ができてよしとしよう!

出雲大社-2

これがメインの入り口だが、ここからまた15分くらい参道を歩かされる。

出雲大社-1 

さてこの旅の一つのハイライト、出雲大社にやってきた。到着の随分手前からこの偉容というか威圧。特別な神社感満点!

水木しげるロード-5

口直しにあくまで正義の味方の好青年に登場していただきます!

水木しげるロード-4

これってかなり悪趣味というもんじゃないんすか???

水木しげるロード-3

夏休みで子供連れの家族がいっぱいいるのに,これは単に恐いものみたさと言うより猟奇的どぎつさ!子供の教育上許されんの???

水木しげるロード-2

こ,この暑いのに何,涼しそうな顔してるんじゃ!君の表面温度45度くらいあるよ!

水木しげるロード-1

中国地方は文化の中心だ!大林宣彦の舞台のみならず,やれ龍馬だの坂ノ上の雲だの。ゲゲゲの女房が当たってるのみならず,この水木しげるロードの町興しのアイディアは大成功!

2010/08/18

風力発電基地

確か北海道でも日本海側の積丹半島周辺に多く見れる! 風力発電って人のお役にたつために直立して永遠に回る動作を繰り返す宮崎駿的な清廉さというか、未来的な無機質なコンセプトの悲しさみたいなものを感じる。

倉吉 水路の鯉















.....と、下を見ると、なんと水路に悠々と5−60CM級の鯉が泳いでいる。一服の清涼剤。

倉吉の白壁の蔵群

うだる暑さに一瞬気が遠くなる。足下がふらついて水路に落っこちそう!...と、下を見ると.....

倉吉 赤瓦一号館

赤瓦白壁倉庫群と云っても規模は小さい。でも昔の栄華の名残が方々に。倉吉絣(かすり)産業はかつて乗数効果の高い産業の中心だったが安価な量産品に駆逐される。経済の競争原理はいつも変わらない。羽衣伝説は世界に散らばっている。松本清張はかつて環太平洋に蒙古斑を持つ種族(アメリカインディアンやアステカの人々もその意味で同じ)に抑留説としての羽衣伝説が共通しているとか何かの本に書いていたが、日本列島の抑留、羽衣伝説は朝鮮半島からの亡命人/渡来人に関係しているのではないか?倉吉で羽衣伝説を見て何かガ〜ンと来た!

外はピーカン(-.-;)

今日も朝からピーカンの猛暑日!今日は熱中症で何人逝くのでしょう?クーラーの利いた旅館で清流の岩風呂に浸かって一日過ごしたい(^人^)

山陰 三朝温泉

三朝館に投宿。三朝地域のガン発生率全国平均の半分。これはラジウム泉のお陰だそう。糖尿病にも良いとか。松葉ガニ,鳥取和牛,何と言う至福の時間と空間(@_@)

鳥取砂丘-5

過去のすばらしい作品群が写真展示されていた。作品はいづれあっという間に形を失い、残るのは写真のみ。ここに情熱を注ぐ彫刻家の価値観がわからない。一瞬の輝きで人々を感動させ消えてしまう夏の花火に通づる?

鳥取砂丘-4

砂を固めて彫りだした砂の彫刻。世界中のひとがここで作品を制作している。これはすばらしい。

鳥取砂丘−3

自然界の単純な色彩美!強烈なコントラスト!

鳥取砂丘−2

この暑さに砂漠ならばこりゃアラブやろ!

鳥取砂丘-1

夏だ−!この風景は若者に似合う!爺婆がこんな風景に写っていた日にゃ死を予感する!

午後2時鳥取駅到着!

 この抜けるばかりの青空と赤外線と紫外線の尋常でない量は何じゃ〜!

2010/08/17

さっすが関西や〜

あっという間に京都!以前から京都周辺は美人の産地なのは知ってたけど停車した京都駅の看板の下で美人がこちら向いてポーズ p(^^)q さっすが京都! 大阪からどやどやと家族連れやサラリーマンが乗ってきた (*_*) 三歳から五歳くらいといったらまだ幼児だぞ!こいつら関西弁しゃべってるで〜

山陰の旅出発

夏休みと云えば20年来女房の実家のある北海道に子連れドライブ旅行を続けてきたお陰で国内はほとんど何処も行ったことがなかった(>_<)そろそろそんな父親のお役御免ということでこの3−4年は国内親父一人旅をさせてもらっている。これまで国内世界遺産を中心に修学旅行以来の大阪からの西部開拓,南下の旅ということで京都,大阪,神戸,熊野古道三山,高野山,広島原爆ドーム,厳島神社,岡山県倉敷等々訪問してきた。いずれも国内旅行なのになぜか異文化探訪の感動の旅だった。今年は8月14日から31日までの後半の休みをいただいて,今日から鳥取砂丘,出雲大社,石見銀山,萩、津和野、秋吉台の旅の始まり(^O^)/ まずはのぞみ19号博多行きで姫路まで レッツ/ゴーだい!